タワレコ渋谷店にPOP出現
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ポッセカット
予想外の事なんだけど、CD発売に際して異常にナーバスになっている。アンデルセンズつびー君が彼らの1stアルバムが家に到着したときに「頬ずり」したくなった的なことを書いていたり(実際頬ずりしたのかは知らないよ)、鈴木君が「CDを出す」という事に常にナーバスだったり、色々な事象を見てきたから、これまで「CDという商品」が誕生する過程でそういう興奮の類を経験していなかった自分(あれ?こんなもん?っていう興奮は何度か。アルバム完成の時は別よ、あれは作品が出来た喜び)に多少の違和感を覚えていたのだが、今日、その「興奮」とやらが津波のように押し寄せてきて、仕事も手に付かず、何度か泣きそうになった。すげえわ、これ。つまり何かって言うと、ある意味雲の上と言っても差し支えない領域、そして高校生の頃から自分が本当に本当に憧れと敬意を抱いてきた世界(音楽業界ではないよ、本当に純粋なミューズのみが支配する世界だ)に足を踏み入れた、その行動に対する作用なのである。それは些か畏れ多い行為であり、またそれだからこそ、今回のような自信作を作るまでは決して自ら行おうとは思わなかったのである。
幾度と無く回り道をして、「いよいよ…!」と唸るまで耐え続け、そして最も望ましい形で作品を全国に発表できたことがとても嬉しい。どんなに売れているバンドでも、その音楽人生で、ここまで自由に、ごく限られた、自らの音に責任をとらざるを得ない立場の人だけが、その権利と義務を完全に果たしながら作品を作り上げた人は少ないだろうと思うからだ。勿論現段階では「次回作が最高傑作」だと思うし、現にバンドの状態も一年前とは比べものにならないぐらいエッジが立ってきているのだが、それでもこの作品の立ち位置、この一歩を僕は一生記憶するだろう。激しいプレッシャー(それは一つに明日レコ屋の店頭をささやかに飾っているであろう我らのCDと向かい合うプレッシャーでもある)で胃を痛め、飯が喉を通らない男の、今この瞬間を。この胸のムカムカを。
結局CDにもたった一文「special thanks to pelepop and die-kokuya posses, our families, friends and enemies」と書いただけだったが、とにかくそれは真実で、「(敵でも味方でもない人を除く)全ての人に感謝を」捧げたい。数え切れないほどの人に支えられてきたことは、それ以上の支えてくれなかった人のことを忘れさせてくれるだけの力を持っている。僕らがユナイトすれば、そして僕らが本気になれば、ミューズの微笑みを呼び寄せることすら出来るのではないかと過信してしまえる力。大学時代に敬意と同じぐらい激しい嫉妬心をもって互いを研磨しあった大黒屋〜ピリポの人達には、感謝と同時に一言、これは第一歩だと言いたい。皆、このムカムカを経験すべきだぜ。この胸焼け〜胃の痛み〜そして心を覆い尽くした躁と鬱の喧噪は耐え難いが、多分、これを経験しなくなる(作品の出征を何とも思わなくなる)日が来たのなら、その時はバンドを音楽を止めるべきなのかな、と今は思ってしまうぐらい、この疾患は痛いが、甘い。
今日はPOP納品がてら、渋谷のレコ屋を散策。間違いなく明日もするんだろうけど。さほど興味のないJ-Indiesと呼ばれるジャンルの音楽に囲まれているタワレコではさほど何の感慨も湧かなかったのだが、HMVの三階、それこそエド・アスキューやCANやBajo、大好きなアーティストの中で同等に紹介されるのだろうことを考えただけで、吐き気を催すぐらいの激しい武者震いが全身を襲ったぞ。この音楽が自分の手を離れ、人からどのように見られるのか。誉められるのか、それともけなされるのか。もう俺は本気だから、無視するならいっそけなせ。全力で闘ってやるぜ。
僕らは例えば世界平和を訴えたり、幼児虐待を憂うのでもなければ、ごく私的な愛について、さも一般的であるかのように歌ったりしない。僕が歌い、僕らが奏でるのは、非常に断片的なシークエンスであったり、会話であったり、シチュエーション、もっと極端な話、ただの色彩だったりするから、強いて言えば、僕らの音楽には「別に何も」無い(nothing happens forever)。だが厄介なことに、その言葉、その音には沢山のノイズのような情報、すなわち「意味」が後から付いて回る。このCDに収められた楽曲には、drawingの遙か以前からのとても沢山の「意味」が垢のようにこびり付いており、それが僕の頭を駆けめぐると、僕はとても感傷的になるのだ(この言い回しの無粋なこと!)。何年もかけてこの音楽を奏でる間に、沢山の哀しい出来事、沢山の嬉しい出来事が僕の身に降りかかったことを思い起こす。この曲達と過ごした数年〜十数年とはそういう日々だったのだ。その日々に思いを馳せると、僕は誇らしく、同時にちょっと哀しく、色々な物を手に入れ、そして失ったことを思い出す。しかし僕は、思う。だからこそ人生は美しいのだと!

mcatm@会社
05.06.23 18:23
余裕とゆうもあ…な!